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  • 2018.03.14 Wednesday
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ROCK名盤解説 File.3 Jimi Plays Monterey

JUGEMテーマ:音楽

Jimi Hendrix Experience 1967

ジミヘンのアルバムと言えば、
生前に作られたAre You Experience?やAxis:Bold As Love、
そして最高傑作のElectric Ladylandです。
これらの3枚はスタジオで録られたアルバムであり、
じっくり作られている分だけ、聴きやすいのですが、
このライブを聴いた後だとどうしてももの足りないような気がしてしまいます。

3枚目などはジミのライブ感はあるのですが、曲はどうしても1枚目に分があります。
2枚目は時間を短くする為にギタープレイを編集しすぎであまり好きではなく、
どのアルバムも帯に長し襷に短しといった感じです。
Are You Experience?は同時期のジミヘンのファーストアルバムですが、
どうしてこれだけライブと差が出たのでしょう。
スタジオを予算の関係で複数使用しただとか、
色々と原因は考えられます。

基本的に、バンドのファーストアルバムは、
バンドで一番勢いのある時期ですので、それを重視します。
ところが、Are You~では真逆のことをしています。
そうでもしなければ、ジミの荒さが出てしまって、
当時のシーンでは売りにくいからでしょうが、
肝心のバンドの熱気が込められてません。
たぶん、当時既に導入されていた4トラックの機材(オープンリールMTR)を使って、
テイクを何回か重ねたのでしょう。
何回も弾き直すと、確かにミスは少なくなりますが、
ここ一発の気合いも削がれてしまいます。
おまけにシングルを売る為に、
イギリス盤では代表曲Purple Haze(アメリカ盤では1曲目)をカットするという、
今では考えられない販売形式をとっていました。
ビートルズでもSGTセッションの中の傑作曲、
ストロベリー・フィールズ・フォーエバー(アメリカ編集盤のマジカルミステリーツアーには収録)をシングルカットしてアルバムに収録しなかったり、
1960年代当時のイギリスのシーンではよくあることだったらしいです。
ジミヘンは後で語られる出来事のお礼として、
ビートルズの名曲SGT(サージェントペパーズ・ロンリーハーツクラブバンド)を、
カバーして演奏しています。
今のJASRACとかいう搾取集団に聞かせてやりたい話です。

では、ジミヘンの何が一番凄いか?
それはやはりライブのパフォーマンスでしょう。
スリーピースバンド(3人編成)のバンドの限界を極めたような演奏は、
ジミヘンの卓越したギターテクニック無しでは語られません。
というのも、ジミヘンはギターだけが役割でなく、
メイン・ボーカルも担当しているからです。
ジミヘンのバンドはエクスペリエンスという名称ですが、
あくまでJimi Hendrix Experienceであり、
直訳するとジミヘン体感なのです(笑)。
ジミヘンは、まるで他にギタリストがいるかのような演奏をします。
リズムカッティング、リフ、オブリ、リードの全てをこなします。
しかも、ボーカルをしながら裏メロを弾くという離れ技までやってのけます。

ギターを弾いていたら解ることですが、ボーカルやりながらメロなんて普通は弾けません。
というのも、ボーカルで発声している時点で、
メロディラインを脳でイメージしてしまっているので、
指でそれをなぞらえるのはほとんど不可能なのです。
ボーカルを歌いながら出来るのは、
コードカッティングやリフといったメロディラインと直結しない弾き方のみです。
これまでのボーカル兼任のブルーズマンやロックギタリストは、
歌の合間にメロディを弾いてました。
それが短ければオブリ(クラシックでは裏メロのこと)、
長ければリードと呼んでいたのです。
ところが、歌の最中の裏メロは弾きませんでした。
主旋律に沿う形ですが、それをやったのはジミヘン位でしょう。
ジミヘンと言えば、派手なパフォーマンスです。
ギターを歯で弾いたり、背中で弾いたりしています。
それはそれで難しい(アホな)のですが、
前述したテクニックこそが凄いと思います。
なぜなら、これは当時ジミヘンしかやっていなかった(出来なかった)ことですから。
そして、最後のWild Thing(カバー曲)のフィードバック奏法なんかもジミヘンが開拓した奏法です。
起源説には諸説あり、フーのピート・タウンゼント説もありますが、
積極的活用という点においてはジミヘンがナンバー1です。

余談ですが、ポール・マッカートニーはジミヘンの凄さをクラブで体感して以来、
色々なミュージシャン仲間をジミヘンの演奏しているクラブに連れていったらしいです。
その中には、ストーンズや、クラプトン、ジェフ・ベックなどそうそうたる面々がいたようで、
後にその衝撃を口々に語っています。

ジミヘンはアメリカ生まれの黒人であったため、
その音楽キャリアはバックミュージシャンとして始まりました。
1966年、アニマルズのチャス・チャンドラーに誘われるままにイギリスに行きます。
そのとき、ジミはチャスに、「クラプトンに会えるかな?」
と聞きますが、チャスは「いずれクラプトンの方が会いに来るよ」と言ったそうです。
ジミヘンもかなりクラプトンを意識していたみたいです。

他にジミヘンが意識していたのはボブ・ディランでしょうね。
3曲目のLike A Rolling Stoneはボブ・ディランの代表作のカバーです。
ジミヘンは結構ディランのカバーをしていて他に有名なのは、
Electric LadylandのAll Along The Watchtowerでしょう。
この曲は後に、U2もライブでジミヘンバージョン意識してやってました(笑)。

ドラマーのミッチ・ミッチェルは、ジミヘンのイギリス時代からその死の直前まで、
行動を共にしたメンバーです。
イギリスに渡ったジミヘンは、マネージャーのチャスと共に、
メンバーのオーディションをします。
イングランド出身のこのドラマーは、
ジミの変幻自在のプレイについていける力量があったと思います。
特に、モンタレーではテンションが高くて走り気味だった、
ジミヘンに対して勢いのあるドラムをしています。
1曲目のKilling Floorからひたすら全開ですww
このあたりが、ファーストアルバムにはないライブならではの要素です。

この曲と4曲目のRock Me Babyは3,5,9曲目と合わせてカバーです。
というか、カバーがオリジナルを凌駕しているのは、1、4曲目だと思います。
ジミヘンは何を弾こうがジミヘンの曲にしてしまいますね。
Rock Me BabyもほとんどRock Me Babyしか叫んでません(大汗)。


モンタレーポップフェスティバルは、1967年アメリカのモンタレーで開催されました。
約20万人を動員したというこのフェスティバルは、その後のウッドストック、ワイト島に繋がります。
個人的に重要なのは、このフェスティバルでインドのシタール奏者、ラヴィ・シャンカールが着目され、インド音楽とロックの融合がアピールされるようになったことです。
ちなみに、このフェスにはバターフィールズブルーズバンド、ジャニス・ジョプリン、
バーズ、ザ・フー、グレイトフルデッド、
バッファロー・スプリングスフィールドといった、大物ミュージシャンが出演していました。
ジミヘンの映像は、レンタルビデオ店で借りたとき、
オーティス・レディングとカップリングされていました。
そういえば、このライブアルバムのLP盤でもオーティス・レディングとの同梱盤だったそうです。
ちなみに僕が最初にこのアルバムを聴いたのは、
1990年代にジミヘンのアルバムがデジタルリマスターされた時ですね。
その当時は、レンタル店で借りてカセットに録り何回も聴いたものです。
6月18日の夜の部に出演する直前、ジミとフーの間でちょっとしたトラブルがありました。
演奏の順番をめぐって、口論になり結局フーが先に演奏し、グレイトフルデッド、
ジミヘンの順になったのです。
フーは、キース・ムーンのドラムキットを破壊する程暴れ、
ジミヘンは対抗するように、9曲目のWild Thingでストラトを燃やします。
このへん、アホですねー。マネしちゃいけません(笑)。
映像ではチューブから油をかけて、火を点けてます。


ノエル・レディングは、ジミヘンドリックス・エクスペリエンスのベーシストです。
元々ギタリストで、ジミのバンドのオーディションの時に初めてベースを弾いたとか(ホントかよ!)。
そういえば、アル・クーパーもボブ・ディランのアルバムに参加するときまでは、
キーボードを弾いたことなかったみたいだし、
当時は才能さえあれば仕事にありつけたみたいです。
この人、確か1969年にエクスペリエンスから脱退するんでしたねー。
そういえば、その後一時的にバンド・オブ・ジプシーズとしてジミヘンは活動しています。
最後のワイト島の演奏(1970年)にはミッチ・ミッチェルとビリー・コックスという布陣で出演していましたww
ちょっと高い声でコーラスしているのは、ノエルでしょう。
実はエクスペリエンス時代に、メインボーカルを各アルバムで1曲づつしているんですよ。
曲も書けたみたいだし、かなりの芸達者ですね。
黒人一人と白人二人というメンバー構成がこのバンドのユニークなところです。
ジミが白人のファンに受け入れられたのは、
このメンバー構成がキモであったのかもしれません。

このライブの流れですが、1.Killing Floor  2.Foxy Lady 3.Like A Rolling Stone
4.Rock Me Baby 5.Hey Joe 6.Can You See me 7.The Wind Cries Mary
8.Purple Haze 9.Wild Thing といったセットリストになっています。

2.6.7.8はジミヘンの曲で、特にPurple Hazeはおなじみのナンバーです。
The Wind Cries Maryはバラードです。
1.2で度肝を抜いて、3で皆がよく知っているカバーを入れる。
その後は、激しい曲とバラードを混ぜて場を作り、
最後のPurple HazeとWild Thingで強烈なインパクトを与えつつ締める。

荒削りで、且つ猛々しいライブです。
これだけビビッドなライブはもう見られないと思います。
60年代のライブ盤の名盤に、
オールマン・ブラザーズバンドのフィルモア・コンサート、
アル・クーパー、マイク・ブルームフィールドのフィルモアの奇跡、
そしてこのJimi Plays Montereyの3つを挙げておきます。

次回はイギリスの最大の名盤について語ります。


Rock名盤 File.2 LAYLA and other assorted love songs

 

DEREK AND THE DOMINOS   1970

前回、紹介したアルバムMusic From Big Pinkから2年後に発表されたアルバムです。
クリームを解散したエリック・クラプトンは、ブラインド・フェイスを経て、
デラニー&ボニーとのツアーを開始。
そこで知り合ったアメリカのミュージシャンと再びバンドを組むことになります。

クラプトンは、イギリス人ですが元々ブルーズが好きで、
祖父にギターを買ってもらい音楽を始めました。
クラプトンにとってギターの原体験とは、黒人のブルーズマンでした。
ヤードバーズ、ジョン・メイオール、クリームなどは、
彼のキャリアを語るに欠かせないバンドですが、ソロ以外の最高傑作は、
このデレク・アンド・ドミノスのいとしのレイラ(邦盤タイトル)だと思っています。

最初にこのアルバム聴いた時、一番インパクトがあったのが、
強烈なツイン・リードでした。
1曲1曲がやたら長く、7−8分の曲が何曲もあります。
間違いなく、このツインギターが曲を長くしてる原因ですww
当時、購読していたギターマガジンのライターが、ゴジラとガメラの怪獣対決!
なんて書いていたけど、まったくの同感です(笑)。

世界三大ギタリストであり、
「スローハンド」という異名まで持っていたクラプトンに対抗出来るギタリスト、
それがデュアン・オールマンです。

デュアン・オールマンはオールマン・ブラザーズバンドのリード・ギタリストで、
そのエルモア・ジェイムズもかくやといわれるスライドギターにより「スカイ・ドッグ」と呼ばれていました。

クラプトンはTHE BANDによってレイドバックした音楽を指向します。
それは、アメリカのミュージシャン達とのセッションという形で表出します。
アメリカ南部のロックバンドがサザン・ロックを生み出したように、
クラプトンは、その後のソロ作の指向性をこのアルバムで作ったんだと思います。

さて、このレイラ・セッションでのツイン・リードで特筆すべきは、
クラプトンのギターのトーンの変化、デュアンのスライドギターでしょう。

クラプトンはこの時期、フェンダーのストラトキャスターを使っています。
それは、このアルバムのジャケットの裏側の写真で、
彼の愛機ブラウニー(サンバーストのストラト)が写っていることからも伺えます。
ちなみに僕の最初のエレキギターは、
このギターによく似たフェンダージャパンのストラトでした。

ギブソンを愛用していたクリーム時代とは違い、
このアルバムでのクラプトンのトーンは明るく、きらびやかなものに変わっています。
それまでのクラプトンと言えばウーマントーンです。
ギターのトーンつまみをゼロにして弾く甘いトーンのことです。
このアルバムのライブバージョン、
In Concertではワウをトーンベンダー的に使ってたり、
試行錯誤している様子がよく解ります。
ハムバッキングのギターよりも、
カッティング(コード弾き)に向いているシングルコイルは、
メインボーカルをこのバンドで努めているクラプトンには必要だったのでしょう。
実際、ギブソン レスポールはとても重くてボーカルするには体力的にもきついですし。
ちなみにクラプトン本人はギブソンからフェンダーに変えたきっかけを、
ギブソンES335の弦がやたらと切れたからだと言ってました(笑)。

そして、デュアン・オールマンですが、こちらはギブソン レスポールとSGを愛用しており、
中域の強いリード、オブリ向けのトーンです。
ストラトも部分的に使っていたようなのですが、クラプトンとのトーンの棲み分けを意識していると思います。
スライド(スライドバーを用いたギターの奏法)のほとんどは、
デュアンの方が弾いてます。
その味はさすがにスカイドッグ!といった感じで、
どこまでもサスティンが伸びていくような感じがします。
リードも凄いんですが、デュアンは裏メロの取り方もうまいんですよね。
ボーカルのメロディーラインを補強するようなオブリは彼の真骨頂です。
僕も、自分のアルバムでよくこういったことをするのですが、
間違いなくデュアンの影響だと思います。

クラプトンはボーカリストとして大器晩成型であり、
90年代になってようやく味が出てきます。
当時のクラプトンのボーカルはまだまだ下手でした。
それまでクリーム時代に、
ちょこっとメインボーカルをした程度であることは誰もが知っていました。
このアルバムでコーラスを担当しているのは、
キーボードのボビー・ホイットロックですが、
明らかにクラプトンより歌がうまいように聴こえます。
最初からこっちがメインボーカルやれよ!ってよくツッコミ入れてました。
ただ、曲のクレジットからすると大半はクラプトンが書いてるし、
これはこれでアリじゃないかと思うようになりました。
ビートルズでもそうですが、その曲のメインライターがボーカルするというスタイルは、
邦楽にはあまりない要素です。
確固たるボーカリストが存在するバンドもいいんですが、
こういう区分けをするバンドもまたアリなんですよね。
上手下手より、ライター重視ってなんか民主的じゃないですか(笑)。

しかし、作曲者クレジット見るとあながちクラプトンだけが書いているようではなさそうです。というのも、クラプトンとボビー・ホイットロック共作が5曲、ク
ラプトン単体が1曲、ボビー単体が1曲、
他の7曲はクラプトンと他の人物の共作とカバーですから、
少なくとも6曲はボビーが関わってます。
そういう理由でコーラス担当、最後の14曲目が彼のメインボーカルというのは、
作曲者イコール、ボーカルの法則に合っていると思います。

ロック史上最高の名曲の一つと言われるLAYLAのBパートは、
このバンドが解散するきっかけを作ったドラマーのジム・ゴードンが書いたものです。
ということは前半のAパートはクラプトンが書き、後半のピアノパートはゴードンになります。
レイラで有名なのは、クラプトンの禁断の愛でしょうか。
親友、ジョージ・ハリソン(ビートルズのギタリスト)の妻パティに対する、
恋情は日増しに高まり、クラプトンを苦悩させます。
レイラはそんなクラプトンの心情を如実に反映した曲であり、
彼はLAYLAと何度も叫ぶことになります。

Layla, you got me on my knee.
Layla, I beg, it's gonna, please.
Hey layla,darling,won't you be my woman,now.

結局クラプトンはパティと結婚し、ジョージは妻を失います。
ジョージは、その後もクラプトンと友人関係を続けます。
普通なかなか出来ることではありません。
この話を聞いたとき、クラプトンは鬼や、赤鬼や!って思いましたが、
この曲聴いてるとなんとなく許せちゃうんですね、これが。
どうしようもない、割り切れないことというのは、
恋愛だけじゃなく色々とあるものです。
この曲が名曲なのは、ビビッドに苦悩を演奏に込めたからではないでしょうか。
ブルーズでも、駄目男がホームシックになる曲や、
女にふられてクダまいてる曲が多いです。
結局人間がもっとも共感するのは、
こういった苦悩から生まれた芸術なんでしょうね(gdgd感とも言うけど)。

最後に紹介するメンバーは、カール・レイドルです。
彼は、ジョージ・ハリソンのソロ作にも参加しているベーシストです。
Laylaセッションでも、堅実ですばらしいベースを弾いてます。

ただ、このバンドこの1枚で解散するんですよ。
クラプトンとドラマーが喧嘩してしまい、2枚目は制作されなかったんですよね。
しかし、この1枚のみでロック史に名を残すとは・・・。
プロデューサーはトム・ダウド。
レイ・チャールズ、ジョン・コルトレーン、アレサ・フランクリン、
クリームなどを手がけた名プロデューサーです。

そして、このアルバムで忘れてはならないのは、
ジミ・ヘンドリックスのLittle Wingのカバーでしょう。
原曲の方は、ジミヘンの2枚目のアルバムに収録されています。
クラプトンはこの天才ギタリストに、俺だったらオメーの曲はこう弾いてやる!
ってアピールしたかったんですよね。
ジミがイギリスに来て間もない頃から、
出演するクラブに足を運び、
そのギタープレイに惚れ込んだクラプトンらしいエピソードだと思います。

そのジミヘンも、1970年に死亡し、盟友デュアン・オールマンも翌年に死亡。
そして、クラプトンはドラッグ中毒になります。
僕は1970年は、ロックにとっても節目の年だったのではないかと考えています。
ビートルズの解散、ワイト島のフェスティバルの失敗、ジミヘンの死などなど。
徐々にロックは産業化し、複雑になっていきます。
その課程で黄金期は過ぎていきます。
その最後の黄金期のアルバムの一つが、LAYLAだったんだと思います。


インターナショナルなツーリングww

えー、今回は梅雨前に関西国際空港に行ってきました。 
意外と家から結構遠いんですよね。 
南河内から関空までは、下道オンリーでも1時間ちょいかかりました。 
途中で、ポケットに入れてた地図を落としてしまいまして、 
給油の際、ガソスタの店員さんに道をたずねてみると、 
「ここからなら、どこでも標識があるので解りますよー」 
って自信満々に言われてしまいました。 

確かに幹線道路に出るとどこからでも、関西国際空港の文字が! 
これならアホでも解ります~。 
ノリノリで乗り込もうと思ったら、有料道路の標識のせいで、 
ちょっとトーンダウン・・・。 
そうなんです、バイク乗りは金欠病なもので(涙)。 

関空とそれを繋ぐ連絡橋には、通行料金がかかります。 
バイクは軽自動車と同じ扱いなので、 
往復600円也・・・。 
このあたりは、ぜひ改善してもらいたいですねー。 
なんでこんな短い橋渡るのに600円もかかるんだー(怒)。 

気を取り直して、駐輪場探すと、結構奥にありました。 
駐輪場の親切な管理人によると、 
2輪は基本、P1エリアに駐輪するみたいなんですが、 
勘違いして手前のエリアに駐車してしまうバイクがあるみたいです。 
ちなみに駐輪料金は15分41円でしたww 

さて、搭乗ロビーは近くにあり、 
免税店やらマクドやら本屋なんかはすぐに見つかりました。 
国際線のスチュワーデスさんが歩いているのを見かけましたが、 
流石にきれいな人が多かったですねー。 

後、やっぱり国際線ですね、外国人の姿もちらほらとしていました。 
今回の目的はジャンボジェットと発着を見ることだったので、 
警備員さんに展望スペースの場所を聞きました。 

どうやら、関空の展望ホールへはバスに乗る方が早いみたいです。 
バスは無料で何本もあるらしく、焦らずバス乗り場に向かいました。 

バス乗り場の料金表を見てみると、南河内でもだいたい1500円位でしたねー。 
関空から大阪、京都、奈良などの観光スポットにバスが出ているので、 
結構便利ですねww 

さて、展望ホール(sky view)の4階、5階にはきちんとした展望スペースがあり、 
4階が滑走路より手前、5階が奥になります。 
離陸がみたいなら4階、着陸なら5階ですねー。 

おしゃれなカフェも4階にあり、なんだかデートスポットのようなノリでした。 
主に4階から滑走路を眺めていましたが、やっぱり迫力ありますね! 

ターミナルのMD11(翼の形状で推測)が、タキシングを開始して滑走路に出ました。 
その間、時間にして数分でしょうか。 
戦闘機はマニアなので、ちょっと見ただけで機種は解るのですが、 
ジャンボはちょっと門外漢なもので機種が最初解らなかったです(汗)。 
ジェット特有のエンジン音がしましたが想像していたよりも、 
うるさくありませんでした。 
やっぱり、騒音対策がされているんでしょうね。 
まあ、展望スペースから滑走路の距離はまあまああったので、 
あれくらいで済んだのでしょうが・・・。 

5階に上がってみると、やっぱりマニアが一眼レフ抱えていましたww 
こっちからは着陸するMD11が間近に見えました! 

今回、関空に行ってみて解ったことが色々ありました。 
最初に施設が充実していること。 
これはハブ空港としては最低条件の一つですね。 
特にバス乗り場は、整備されているように思いました。 

構造は思ったよりもシンプルで、関西で唯一の国際空港ということもあり、 
伊丹よりも圧倒的に広く感じました。 

海の上に作られた埋め立て地ということもあり、景色は良かったです。 
また行きたいスポットの一つになりましたが、 
帰りは地図が無くなったので、ちょっと迷いました。 

ロック名盤 File 1 Music From Big Pink

JUGEMテーマ:音楽    

Music From Big Pink    The Band  1968

最初にこのアルバムの存在を知ったのは、
ギターを初めて間もない頃でした。
ボブ・ディランは有名で、
そのバックバンドだったTHE BANDはかなり地味な印象がありました。
敬愛するエリック・クラプトンが、
クリームを解散するきっかけになったアルバムだとギターマガジンで解説していたので、
さっそくCD買いました。
ちなみにその時買ったアルバムの解説文はピーター・バラカンが書いてましたww

最初に聴いた時、1曲目のTears Of Rageのじみーなバラードにビックリしました。
ロックバンドのアルバムの1曲目ですよ!!
これが、THE WHOだと絶対にありえませんww

更に2曲目のTo Kingdom Comeでは,
ボーカルのうまくないロビー・ロバートソンが歌ってたりしてましたが、
ギターがえらいカッコいい!
調べると、超絶(変態)テレキャスギタリスト、ロイ・ブキャナン直系の弟子とか。
このアルバムでは完全に黒子に徹してるんだけど、
曲の合間のオブリ(間奏)で非凡な所がちらほら見えるんですね。
そういうところが余計に職人肌というか渋く感じたのですが、
ライブ盤のLive At Watkins Glenではアホみたいにリード弾きまくってます。
どうやらこのギタリストが曲者っぽいなと思い、3曲目のIn A Station聴くと・・・。
普通にピアノ曲です。しかも、かなりいい感じの。
なんというかピアノ・ボーカルのリチャード・マニュエルがファルセットできれいに歌うのですが、このボーカル、癖になるんですよね。
下町の不器用なやさしい兄ちゃんって感じで(笑)。
とにかく、開始3曲目でかなりやられました。
もうこりゃただ者ではないだろうと。

そして、4曲目はCaledonia Mission、冒頭は地味なんですよ。
でもねこれがフェイクでした。後半部、そうBメロでは徐々に力強く演奏するんです。
そこで聞こえてくるガース・ハドソンのオルガンと、リチャード・マニュエルのピアノ、
そしてロビー・ロバートソンのギターのアクセント!
最高っす!神がかってます。

そして、名曲The Weight!これ普通では絶対に作曲出来ませんよ。
最近日本でもどこかのCMに使われてました。
この曲が秀逸なのは個人的に、演奏、コーラス、曲、歌詞総てですね。
ちなみにThe Bandは三人ボーカル出来ます。
ピアノのリチャード・マニュエル、ベースのリック・ダンコ、
そしてドラムのリヴォン・ヘルムです。
この三人がそれぞれ高域、中域、低域とパート分けしていて、
この曲ではそれが爆発します。
ビートルズもかなりうまいコーラスワークですが、
この曲では完全にそれを凌駕していますね。
歌詞は聖人になれない人の性(さが)を書いたとロビーが後に語ってますが、
騙したり、騙されたりする世の中を聖書の登場人物を使って揶揄してます。

最後のPut the right on me.
「荷物を置いて俺にまかせな」ってこれホントにロックの曲か??

We Can Talkでガースのオルガンと、リヴォン・ヘルムのドラムがいいんですよね。
ガースは元々音楽教師で、The Bandのメンバーの中で一番音楽理論に詳しい人です。
リヴォン・ヘルムはバンドの実質的なリーダーで、
ボブ・ディランのツアー中に客の嫌がらせに耐えられず逃げたのですが、
このアルバム制作中に戻ってきました。
それまで誰がドラム叩いてたかって?
もちろん、リチャード・マニュエルです。
前半のたどたどしいドラムは彼のドラムです。

それはそれで味があるのですが、やっぱりリヴォンのドラミングは他と違いますね。
フィルの手数とか、タイミングとかやっぱり本物のドラマーだなーと。
リック・ダンコは、メンバーの中でもイケ面ですね。
THE BANDがイマイチ地味なのは、メンバーの顔がぱっとしないことでしょう。
リックはこの面子の中でもロビーと共にフロントマンっぽい容貌してます。
それでもカッコが普通(笑)なので地味さは変わりませんが。
この人後にフレットレスベースを使うんですよね。
なんでもガースのアドバイスでスクールに通ったとか。
そこで覚えた音楽理論がけっこう後に役に立ったって言ってましたねー。

7曲目は1959年のカントリー曲のカバー、Long Black Veilです。
この曲かなり重いです。
無実の罪で絞首刑になった男の話なんですが、
アリバイを証明してもらえる唯一の証人が親友の妻なんですよ。
男と女はそのとき同じベットで同衾していて、
彼はその事実を黙っていて死刑になるんですよね。
その事実を知っているのは親友の妻のみ、
彼女はLong Black Veilを被って墓の前で涙する・・・。

8曲目はChest Fever これはもうガースのオルガンがキモです。
なんでもバッハの曲をモチーフにしたオルガンソロとか。
ライブでは必ずガースのオルガンコーナーがありますが、
一番目立ってたのは、前述のワトキンズ・グレンです。
雷で中断したライブの最中に、
客をなだめる為に弾いた即興のオルガン・ソロがえらいカッコ良かったっす!

9曲目はリチャード・マニュエルのバラードLonesome Suzieです。
この曲と3曲目、それと1曲目(ボブ・ディランと共作)はリチャードが作曲してます。
しっとりバラードはリチャードが書くことが多いんですが、
ロビー・ロバートソンが作曲クレジットに貪欲で、
そのせいで他のメンバーと摩擦を起こすようになります。

そして、最後の10、11曲目はご存知ボブ・ディランがTHE BANDの為に書いた曲です。
写真のジャケットの絵も実はボブ・ディラン作ですが、
なんか子供のらくがきみたいですね(笑)。
ただ、これだけの名曲を自分のバックバンドのデビューアルバムに惜しげもなく提供するってなかなか出来ることじゃありません。
辛い時期を一緒にツアーしたTHE BANDの面々に対する愛情があったんでしょうね。

10曲目のThis Wheel's On Fireはノリのいいロックナンバー、
そして最後の名曲 I Shall Be Released。
この曲、僕が唯一ピアノで弾き語り出来る曲です。
歌詞も今でも覚えてます。
無実の罪で捕まった男が、太陽が西から東に昇る様をみて希望を持つ・・・。
I see my light come shining
From the west down to the east 
Any day now. Any day now.
I shall be released.

「俺は光が差し込むのを眺めていた
西から東へと。
いつか、いつの日か。
俺は解放されるだろう。」
最後にこの曲を持ってきたのは本当に素晴らしいと思います。
プロデューサーのジョン・サイモンの狙いかもしれません。
ちなみにこの人はジャニス・ジョプリンのチープ・スリルにも、
その辣腕をふるっています。

このアルバムの本当の意味は徐々に過激になっていくロックミュージックから、
レイドバックした音楽に帰っていくきっかけを作ったということにつきます。
同時期に出てきたアメリカのロックバンドで、
バーズやバッファロー・スプリングスフィールドがありますが、
イギリスでのブルーズリバイバルとは対照的なイメージがあります。

というのも、イギリスのシーンでは当時ストーンズやクリーム、ヤードバーズ、ジミヘンなど、
ブルーズ系のロックバンドが台頭していました。
その後のレッド・ツェッペリンや、ディープ・パープルなどのハード路線に繋がります。

The Bandやバーズは、フォークやカントリーといった要素を取り入れつつ、
アメリカの芳醇な音楽と融合していくムーブメントを生み出しました。
エリック・クラプトンはこのアルバムMusic From Big Pinkが発表された後、
クリームを解散。
そしてデレク・アンド・ドミノスを結成し、
デュアン・オールマンと共に歴史的名盤を作ります。

さて、ブルーズの話題が出たのでついでに書いておきますが、
ボブ・ディランはブルーズも好きで、よくライブで演奏していたようです。
その時にディランがロビー・ロバートソンに振り向くとロビーがリードを弾き、
またディランが歌い、その後振り向くと、リードを弾くといったことをよくやっていたそうです。
考えてみれば、ロビー・ロバートソンの師匠の、
ロイ・ブキャナンもかなりのブルーズ通であり、
この時代の音楽にブルーズは欠かせない存在であったというエピソードだと思います。

ちなみに、THE BANDの名前の由来はウッドストックで、
クラッカーズとかいう隠語を含んだ名前だったので周辺の住民に、
あのバンドと言われていたからだそうです。
ビッグピンクというのは、ボブ・ディランが住んでた家の外装かららしく、
僕は以前ここで録音したんだと思っていました(実際にはNYのスタジオ)。

メンバーの半数はカナダ人なので、ニール・ヤングといい、
カナダからはいいミュージシャンが出ますね。

次回はまだ未定ですが、近いうちに書きますので、
読んで下さいww




Rock名盤解説開始!

以前から構想していたのですが、
Rockの歴史的名盤に対して解説していこうと思っています。 
僕の名盤の条件としては、 
1.アルバム自体の出来 
2.時代に与えた影響 
が主な基準になります。 

1に関しては、アーティストの力量もさることながら、プロデューサー、エンジニア、 
スタジオなど複合的な条件が必要になります。 
最初の材料として、アーティストの書く曲自体がしっかりしていないと成り立たないし、 
演奏のレベルも重要です。 
実際に名盤を生み出すアーティストの大半は、
ライブのパフォーマンスに定評があります。 
ツアー中に出来た曲をそのままニューアルバムに収録したら、 
名盤が出来たという例は枚挙にいとまがありません。 
アーティストの力量イコールライブバンドという例はあながち間違ってません。 

しかし、じっくりスタジオで曲を煮詰めた例もあります。 
これは音楽のもう一つの側面=芸術性の問題でもあります。 
アルバムにコンセプトを持って取り組む場合はまとめて曲を作る必要があります。 
こうなると、ツアー中に作曲するのはなかなか出来ません。 
そこで、ツアーが終了してからコンセプトに基づいて、
曲を完成させていくやり方をします。 

プロデューサーはいうまでもなく、アルバム制作の要です。 
名盤には優れた手腕のプロデューサーが存在します。 
バンドの方向性を理解し、
アルバムをまとめあげるには指導力のある人物が不可欠です。 
例を挙げるならビートルズのアルバムを手がけたジョージ・マーティン、 
ジミ・ヘンドリックスのエディ・クレイマーです。 
ただ、バンド自体がセルフ・プロデュースする場合もあります。 
それは、プロデュース能力を持ったメンバーがいるケースに限られます。 
有名なのがレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジです。 

エンジニアで重要なのは録音、ミキシングです。 
録音は色々な機材を使って主にスタジオで行いますが、 
エンジニアのセッティングがきちんと出来ていなければ話になりません。 
ミキシングは複数のトラック(各楽器のパートごとの録音データ)や、
テイク(録音した回数ごとの音源)を選定しなければなりません。 
その作業は気が遠くなるほど膨大であり、 
自分のアルバムでは途中で投げ出したくなりました。 
ミキシングという調理がしっかりしていないと心地良く音楽が聴こえません。 
エンジニアはアルバムを調理する立場でもあります。 

2の時代に与えた影響というのは一番無視出来ません。 

名盤=ムーブメントを起こすことです。 
例を挙げるなら1960年代ですね。 
ロックの市場が急速に拡大し、ベトナム反戦運動やヒッピーといった文化、
ライフスタイルに与えた影響は無視出来ません。 
この条件で限定するなら60年代のアメリカ、イギリスの音楽はやはり黄金期でしょう。 

21世紀現在でも優れたミュージシャンはいますが、
ここまでの影響力は持ちえないでしょう。
なぜならもはやロックはカリスマではないのです。 
時代はとっくにポスト・ロック(ロック以降の音楽)に移ろいつつあり、 
ロックミュージシャンは思想をも含めたカリスマ性を求められなくなりました。 

そういう時代に入ったことは、個人的には残念ですが、過去の歴史が記す通り、 
その時代にとってのマストの文化は移り変わります。 
古代ギリシャではホメロスの詩、ルネサンスの絵画、近代の文学、
そして現代のロックミュージック・・・。 
これから色々な音楽は生まれますが、
ロックの斜陽期であろうともバンドがやれて良かったと思っています。 
なぜなら20世紀後半の最もビビッドでエキサイティングな文化だったのですから。 
一つのけじめとして僕や世界が影響を受けたロックの名盤を、
解説していきたいと思っています。 
第一弾は、The Band "Music From Big Pink'です。 

    CRF試乗!

     

    早くしないと梅雨に入りそうなので、やってしまいましたCRF250Lの試乗を! 
    今回の試乗はホンダの正規ディーラー店である、ホンダドリーム藤井寺店です。 

    簡単な書類にサインして、免許証の提示で手続きは終了です。 
    店の表に展示していた試乗車をそのまま使うようで、 
    すぐに用意してくれました。 

    最初に跨がって思ったのが、さすがにフルサイズオフローダー、 
    身長173cmある僕でも爪先がつく程度の足つきでした。 
    しかし、140kgの車重は思っていたよりも軽く取り回しには不便を感じませんでした。 

    コースはほぼ外環をまっすぐ走るルートで往復8km位ですかね。 
    ホーンとウィンカーの位置がバンディットと上下逆で、 
    何回かホーンを鳴らしてしまいました(大汗)。 

    あまり発進時のトルクはありません。ちょっとアクセルを開け気味にした方がエンストしないと思います。 
    このあたりは同型エンジンの新型CBR250Rも同じようなので、注意が必要です。 
    ただ、慣れれば問題ないと思います。 

    走り始めると軽快に動きます。普段乗っているバンディットより圧倒的に軽く感じました。 
    よくCRFを他のオフ車に比べて重いという言葉を耳にしますが、 
    これだけ軽いならオフロードも充分走れるのではないでしょうか? 

    エンジンは低中速向けにセッティングされているようですが、 
    下からのトルクはあまり感じず、徐々に加速する印象を受けました。 
    単気筒のせいか、振動はけっこうありますが許容範囲です。 
    音はまあ、静かなカブって感じです(笑)。 

    これでオフロードや峠走ったら気持ちいいだろーなー。 
    バンディットのローンが終わったら、次はオフ車も面白そうですね。 

    この内容で45万円ですかー! 
    圧倒的な動力性能ならWRでしょうが、セローやKLXと比較してみても、 
    この安さなら買いの一台でしょうね。 


    日本三大美人の湯

    先日、日本三大美人の湯として有名な龍神温泉に行ってまいりました! 
    とは言っても相変わらずのソロツーリングです(笑)。 

    いつもはあまり時間がないので、日帰りだとごまさんスカイタワーで引き返してたのが、 
    たまたま早起き出来たので突撃してまいりましたww 

    午前10時30分に出発し、到着したのが昼食含めて15時頃。 
    ほとんどがくねくねした峠道です。 
    特筆したいのが、龍神スカイラインです。 
    ここは元々有料道路だった(現在は無料)なので、とても走りやすく景色のいい道です。 
    たまーにロータスエリーゼがぶっ飛ばしてたりしますが、気にせずのんびり走ってました(笑)。ツーリングの場合、ペースを保って走る方が疲れないので・・・。 

    途中で思ったのが、この季節は虫が凄い! 
    ヘルメットに蚊がばしばし自殺に来ます(大汗)。 
    おかげで温泉に到着してからすぐにメットをウェスで拭きました。 
    そのおかげで後述の出来事で助かることになるのですが・・・。 

    龍神には旅館が多く、どこに行くか悩みました。 
    すると写真のような看板に、元湯の案内があったので行ってみることに。 
    駐車場付近の吊り橋は、マジで怖かったっス! 
    なんせ歩いてるとギシギシ音が鳴るし、とにかく揺れます。 
    昭和50年代に作られた橋のようなので、あちこち痛んでます。 


     
    ヘルメットをロッカーに入れて湯船に浸かると粘度のある湯にほっとしました。 
    これぞ極楽だなーと思い、露天風呂に行くと、思いっきり雨が降っていました。 

    ヘルメットをメットホルダーに吊っていたら今頃メットの中はぐちょぐちょになっていたでしょう。 
    山間部の天気は変わりやすいとは聞いていましたが、今回ばかりはラッキーでした。 
    最初は買ったばかりのメットを汚した虫さんに怒ってましたが、 
    冷静になってみると自分の方が虫さんを轢いてたわけで・・・。 
    申し訳ないっス!成仏して下さいね。 

    帰りにはちゃんと晴れてたので、完全に通り雨だったみたいですね。 
    肝心の美人には会えませんでしたが、いいツーリングでしたww 

    選択肢という名の押し付け

    やってしまいましたね。大飯原発再稼働を。 
    僕は関西広域連合に期待していました。 
    福井で原発が事故を起こした場合、当然ながら関西の多くの範囲が汚染されます。 
    となると関西電力は、その周辺半径50km圏内の自治体には再稼働に対する認可を求めなくてはなりません。 
    しかし、関西広域連合は再稼働を許可しました。 
    これには色々と理由があります。 

    しかしまずは、関電の節電要求に対して反対していこうと思います。 

    まず、最初に福島第一原発の事故からどれだけの時間がかかっているでしょう? 
    去年の3/11ですのでちょうど1年と3ヶ月です。 
    あれだけ最悪の事故があって、原発の比率を下げる為の努力を関電はしたのでしょうか? 
    メガソーラーを設置したり、海上風力発電を準備していましたか? 
    関電の顧客の大半は、原発よりも再生可能エネルギーを普及することを望んでいます。 
    顧客のニーズに対応する努力を関電はまったくしていません。 

    次に関電の言い分ですが、一般企業なら通りません。 
    全国規模で考えるとエネルギー需要は産業が60%、民生が40%です。 
    関電の主張によると電力需給の多い昼間に一般家庭にも節電をしてもらうということですが、
    工場の稼働時間を朝と夜間に移行し、各企業に昼間は自然採光をしてもらう方が効果があります。 
    これは明らかに関電側からの原発再稼働に向けての恫喝です。 
    どこの世界に顧客にわざわざ負担のかかることを要求する企業がありますか。 
    電力が自由化されていたら確実に僕は関電を選びません。 

    最後に新電力プランですが、はっきり言って意味が解りません。 
    物事をシンプルにしないと客の大半には意味が伝わりません。 
    昼間に電気を使用して欲しくないなら、選択肢という名の押し付けではなく国民に要請して下さい。 
    冬の電力ピークに対して協力した国民の努力をもう忘れてしまったのでしょうか?? 

    はっきり言います。 
    節電なんて無駄です。関電が原発再稼働の認可を取る為の手段です。 
    それにマスコミ、政府が騙されてる(あるいは金で口封じされている)だけです。 

    顧客に負担がかかる前に、設備投資しろよ!! 
    それが無理なら電力を買い取りに行けよ!! 
    企業努力もせずに、客に新料金の押し付けする前にやることが山程あったじゃねーか(怒)。
    ここまでバカな連中に金を払って電力買うのがあほらしくなってしまいました。 
    JUGEMテーマ:原発

    奈良マスツーリング!

     

    エイプリルフールにバイク店主催のマスツーリングに行って来ました。 
    参加台数はアメリカン3台、ネイキッド3台、レプリカ2台、オフ車1台です。 
    僕とI氏のRVF400は、藤井寺のバイク店に8:00に集合、先に針ICに向かいました。 

    針までは、かなり寒かったですが高速使ったので、30分位で到着。 
    途中、かなりの数のバイクとすれ違いましたww 
    ICには、すでにバイクが2−30台位駐車していて、 
    10台分の場所取りが大変でした。 

    残りのメンバーが、ICに到着しさっそく屏風岩公苑目指したのですが、 
    途中でちらほら雨が降ってきました。 
    その途中で道を間違って農道というか、林道っぽい道に入ってしまい、 
    僕の前を走っていたホーネットがコケまして・・・。 
    さっそく皆で助けていたら、 
    坂に停車していた僕のバンディットが風で勝手に転倒するというおまけ付き! 
    どこもレバーの損傷がなく、タンクの傷はタッチペンで修正すれば問題なさそうです。 
    坂にバイクを停める時は、必ず登り側にヘッドライトを向けましょう(大汗)。 

    結局公園には行かず、曽爾のお亀の湯に向かいました。 
    かなり気温が低かったので、なにより温泉に入りたかったのです。 

    昼食は、迷わずうどんにしました。 
    それから入った温泉は、かなりいい湯でした!! 
    ぬるぬるしていたので、間違いなく質のいい天然温泉ですね。 
    ちょっと雨がぱらついていましたが露天もあり、かなりグッド! 
    その後しばしバイク談義して、大阪に戻りました。 

    帰りは下道中心でした。途中でXLRがガス欠になりかけましたが、 
    なんとかガソスタ発見! 
    こっちもガソリンの残量がこころもとなかったのでついでに給油し、 
    バイク店目指して出発しました。 

    帰りはなにごともなく快適に走ったので、バイク店に到着したのは16:00頃でしたね。 
    その後、皆でバーベキューを楽しみました。 

    少人数で行くツーリングもいいのですが、皆でわいわいとマスツーもいいですねー。 
    バイク店や、一緒にツーリングした皆さん、ありがとうございましたww 

    大阪モーターサイクルショー

     

    昨日のことになりますが、大阪モーターサイクルショーに行ってきました。
    今回はホンダが新型バイクを発売するとのことでしたので、
    興味しんしんでした。
    低価格の700ccバイク、XR250の生産打ち切り以降久々のフルサイズオフローダーの発表と充実のラインナップ!

    さっそくこの2車種からレビューしたいと思います。

    まずは、CRF250Lです。
    このバイクはXR250の後継機であり、CBR250Rの水冷単気筒エンジンを積む、
    新しい可能性を持ったオフローダーです。

    XRは空冷エンジン故のメリットがありました。
    転倒の危険性のあるオフロードで、
    冷却水が漏れる心配がないということです。
    その代わり、排ガス規制に対応できなくなり、
    XRは230を残してなくなりました。

    個人的には、XRは好きなバイクでした。
    しかし、年々厳しくなる排ガス規制には水冷化は欠かせないでしょう。

    CBRの新型エンジンは思っていたよりも高回転型のようです。
    オフロードを走るなら中低速トルクが重要なのは誰でも知っていることです。
    となると当然ながらCRF向きにセッティングし直すと思うので、
    期待しています!

    今回のモーターサイクルショーでは白のCRFがあり、
    なんともすっきりしたカラーリングですね。

    ホンダの広報の人とも話ましたが、もうすぐ発売らしいです。
    発売の正確な時期に関しては教えてもらえなかったので残念です。

    オフロード走るなら、セローかこれかなー。


    次はNC700Sですね。

    こっちはかなり割り切って作ってます。
    高回転まで回らないのですが、低速トルクは相当あり燃費もいい。
    更に徹底したコストカットで60万そこそこのバーゲンプライス!

    まあ、いいバイクでしょうけど個人的には750クラスでもうちょっと元気なストリートファイター系のバイクを作って欲しかったな。
    CB400SFの方が値段が高いのにはビックリしました。


    ヤマハには気になる新型車はなかったのですが、motoGPマシン、M1が展示されていました。
    去年のホルヘ・ロレンツォのマシンでしょうね。


    スズキブースで気になったのが、グラディウスとGSR750です。
    跨がってみた時のポジションが一番しっくりきたのがこのグラディウスでした。
    普段、バンディット250に乗っているからかな。


    カワサキブースで紹介するのはNinja400R。
    実はこのバイク試乗コーナーで乗りました。
    なんせ免許が普通二輪しかないものでして(汗)。

    ただこの試乗会、かなり待たされました。
    受付行ってから1時間30分待ってようやく200mのコース2周ですよ。
    なにかの苦行でしょうか??
    しかもその間、立ちっ放しです。
    鈴鹿8耐のようにもうちょっと要領よくやっていれば、
    こんなにも待ち時間なかったと思います。

    Ninjaに関してですが、狭いコースなのでよく解りませんでした。
    バンディットと比べて倍の排気量なのにあまりパワーを感じませんでした。
    音は回さなければ静かですねー。
    ただ、試乗で前のバイクが走行する迄にニュートラルで回すと、高回転でいい音してましたよ。
    パラツインのパルス感みたいなのはありました。
    ポジションが思ったよりも楽で、ツーリング向きのバイクではないでしょうか。


    BMWのブースは力を入れていて、結構大きなスペースを占めてましたね。
    バイクに跨がるとウイリーする装置はナイスです!!

    キャンギャルが平日なのであまりいませんでした。
    そこだけがちょっと残念というか無念ですww

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